
教科書と私
大阪教育大学大学院教育学研究科 (0)初めに 今回,附属図書館天王寺分館長の松宮先生と附属図書館情報管理係長菅修一氏から「自らの体験を基に教科書の思い出を書いてみないか」と声を掛けて頂いた。私が児童・生徒だった頃と比べ様々な点で教科書は変わってきている。その当時と現在の中学校の教科書を中心に振り返ってみたい。 (1)小学校の頃 大阪市内の小・中学校であった。昭和40年4月小学校入学。早速担任の先生から真新しい教科書をもらい,その晩,父に,濃い鉛筆で裏表紙に名前を書いてもらう。教科書に載せてある絵をよく真似て描いた。教科書の内容で印象に残っているのは3年の算数で「□を使った式」を習った際,立式の意味がわからなかったこと。子どもなりに「答えを出すだけなら暗算で出来るのになぜ面倒な式を書かねばならないのか」と感じたのだろう。当時の教科書全体の印象として,説明よりも問題の数が多く答えを出すのに苦労したこと。結局自分で参考書等を見ながら宿題に追われていた気がする。 (2)中学校の頃 昭和46年4月入学。いわゆる「数学教育の現代化」の最盛期である。内容には,数の集合のもつ構造,剰余系,図形の変換,確率などが含まれていた。教科書には様々な用語や記号が盛り込まれていた。集合の表現方法がわからなく苦労したものである。「答えと答え方は違うのか」とも思った。その中で最も印象に残ったのは中学3年3学期いよいよ私立入試を目前にした際,数学の時間に三角比を1時間だけ教えてもらったことである。「入試にもしかしたら出題されるかもしれない」「この内容は昔の中学校の教科書に載っていた」と聞かされた。 「教科書の内容も年々で変わる事があるのか」と初めて実感した。 |
(3)教師として 昭和56年3月本学を卒業し,同年4月から公立中学校に勤めることとなった。それ以来16年が過ぎた。教科書の内容も少しずつ変わってきている。が,一番驚いたのは授業時数(数学)が中学1年で週4時間から3時間に減少したこと。内容的には「現代化」の頃新しく導入された項目の多くはカットされた。「教科書をすべて教えよう」と考えると厳しい。そうなると技術的なことに偏り(それ自身満足に持ち合わせていないが),今度は大きな流れが見えないと言うジレンマに陥る。「何を教え,何を伝えたいのか」は教師を続ける上で永遠のテーマかもしれない。
(4)内地留学生として |
